テストで70点くらいをとっていた中途半端に勉強ができた人ほど使えない人が多い気がします。
まーね、これはしょうがないっちゃしょうがないです。
自分たちは6・3・3の12年の学校教育で「ルール化された中で唯一解に則って走り続ければゴールに辿り着く」ということをみっちり「調教」され続けたので。
だから未だに「やり方さえ教えてもらえれば」みたいな人がいる。
「やり方=唯一解」だと思い込んでるのでしょう。
これって社会に於ける生存能力が極めて低い人の考え方だと思います。
現代は正解がコロコロ変わるので、柔軟な思考が求められる時代です。
正解は状況によっても変わるし、立場によっても変わるし、その人の思想や性格によっても変わるから、そもそも唯一解なんてものは殆ど存在しない。
となると、「(既存の)やり方さえ教えてもらえれば」という人は一瞬にして立ち往生してしまいますよね。
つまり、社会を生き抜く力は「唯一解を求める勉強」だけでは身につかないということです。
その場その時の状況に応じて、時に自分自身の思想や性格をも鑑みて、自分の頭で答えを考え出さないといけない。
実は競馬予想ってこういう訓練に非常に役立つと自分は思っています。
自分の頭で答えを導き出すことで認知症対策にもなりますしね。
分かりやすい例として度々挙げていますが、コンピ1位と2位の指数合計が162に近づくほど、この2頭のワイドが決まりやすくなります。
でも、これは「やり方」でも「答え」でもなく、ただの「ヒント」です。
「参考材料」です。
それを「よーし、もらったぁ!」と何も考えずにコンピ1,2位のワイド馬券ばかり買っていたらどうなります?
かなりの確率で負けます。
損をします。
「どうしてくれんねん、この始末!」とか言われても知るかそんなもんという話。
他に選択肢は色々あったはずだし、全損を防ぐ手立てもあったはずです。
実際に実行するかどうかはともかく、選択肢に入れて考えてみるということが社会で生き抜く力、競馬で稼ぐ力をつけるということではないですか?
最終的に確信が持てなければ、馬券を買わなければいいんだし。
我々は「ルール化された中で唯一解を求めて生きて行く」という学校教育という名の「調教」に慣らされてしまっているが故、自分の頭で思考することを忘れ去った人がこういうことを咄嗟に思いつくのは難しいかも知れません。
じゃあどうするか?ですが、
まずは、思考の枠組みをはずして、固定概念に縛られないことです。
その上で自分の頭で考える時間を持つことです。
そのために、考える材料を手に入れることです。
なーんにも難しくないと思います。
考える材料や素材は ↓ に行けば山ほど手に入ります。